2007.03.15 Thursday
代理人スコット・ボラスの前科
今週は月曜の明け方に松坂の投げるオープン戦を見てしまい、かなり体調に響いています。そんな人、多くないかな。
さて、その中継を見ていてふと気付いたのですが、そういえば去年ドジャースにいたJ.D.ドゥルーは松坂のチームメイトになっていたのですね。この選手はチーム打点王(100打点)、ホームランもガルシアパーラと並んでトップ(20本だけど)なのに放出されてボストン・レッドソックスへ。
怪我で1年間働けないというのはあるけどすごくいいバッターなんだよなー。実際昨年夏にドジャースが18戦17勝と絶好調の時も4番を打つなど中心選手だっただけに残念。本来の4番J.ケントが今年39歳、しかもものすごく勝負弱い(昨年も4番なのにわずか68打点、しかも115試合しか出ていない)ことを考えると理解不能の放出だ。
話は前後するが松坂の昨年の入団交渉の際、スコット・ボラスの北朝鮮ばりの瀬戸際交渉をファンはどう見ていたのだろうか?確か交渉期限ギリギリで「来年はダイスケは西武でプレーするかも」なんて言ってましたね。日本のファンやメディアはみんな「駆け引き」と捉えていたと思うけど。
松坂は結局「もういいです、飛行機に乗りましょう」とスコット・ボラスを説得し、ボストン行きの飛行機の中で最後の交渉を行ったと言うのは本人の弁。おそらく松坂はスコット・ボラスの『前科』を知っていたのだと思う。実は前述のJ.D.ドゥルーの代理人もスコット・ボラス、そして彼の入団交渉の際、スコット・ボラスは最悪の結果をもたらしているのだ。それは「1年間の野球浪人」。当時ボラスの交渉は勢い余ってドゥルーを浪人させるというあってはならない事態を招いてしまった。おそらく松坂大輔はこの事実を知っていて、「この男の言葉はあながちフェイクでもない」と思ってビビったのかも知れない。
それにしても松坂はヤンキースじゃなくてよかったなーとつくづく思いました。先日は打ち込まれたけど全米のメディアは「ダイスケはオリオールズを実験しただけ」などとかなり好意的な論調だったし、まあ実際同じディビジョンだから試したところも多かったのだろう。なにより赤のユニフォームが似合うんだよなー。ヤンキースだったらきっと「イラブの二の舞い」などと書かれていたに違いないと思うと、伸び伸びプレイできるレッドソックスは松坂に合っているような気がしますね。
今回はネタに関連する写真なしです。すみません。
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